メッセージ
メッセージ : 本当のServiceサービス❤
投稿者 : mi 投稿日時: 2012-11-30 23:02:30 (1284 ヒット)

 


 


     


 


早くも2012年の師走を迎えてしまいました。もしかしたら、ここ数年の私たちの生活は、年中師走のように奔走しつつあるのかもしれません。ゆっくりそのことを考えてみると、ぞっとします。電気ができる前は、人間の一日の活動時間は、今からは考えられないほど短かったようです。21世紀、今となっては当たり前のようなIT革命によって、信じられないほど生活は便利に豊かになったようですが、一方で何かが蝕まれているようにも思えます。


 


日本における世界にも類をみない著しいサービス向上は、世界であまり例をみない、精神的な病の浮上を生み出しているのも事実でしょう。明日の糧を第一に奮闘してきた日本人には、目に見えない心の問題など、どう扱っていいかわからないし、話題にもできないのが実のところだと思います。どんなに親しい友人でも、自分のみじめさをそのまま話すことはなかなかできません。受け入れられるというイメージがわかないからです。何も考えないで、人と同じように生活することの方が楽に生きられるようになっているのも、私たち日本人の常です。


 


人々の必要に答えるためのサービス・・・、それがいつのまにか自分の心と体を蝕んでいるとしたら、それは本来の人間の生きる意味から程遠いものと化しています。そんな私たちの生き方に歯止めをかけるのが、イエス・キリストの存在です。宗教でも理屈でもなんでもなく、現に自分を捧げるという最上級のサービスを全人類のために成し遂げた事実があるので、信じてみればわかります。本当のサービスの意味がわかります。『人のために』の本当の意味がわかるようになります。


 


神はそのひとり子を世に遣わし、


その方によって私たちに、


いのちを得させてくださいました。


ここに、


神の愛が私たちに示されたのです。


 


汽茱魯4章9節


 



 


この方にいのちがあった。


このいのちは人の光であった。


光はやみの中に輝いている。


やみはこれに打ち勝たなかった。


 


ヨハネ1章4,5節


 


良かれと思ってやったことが、裏目裏目に出て、ほとほと疲れ果てることはないでしょうか。「人のために」のはずが、結局は自分の欲望を満たすためであったりして、自分を責める破目なったり・・・。「人のため」が「何のため」なのか分からなくなってしまったりします。そんな時、単純に、あくまで単純にです!イエス・キリストの存在を心の中に思ってみるのです。聖書の中に、「かつてモーセが荒野で青銅の蛇を掲げるのを人々が仰ぎ見ると人々は救われた」と記されています。青銅の蛇とは、イエス・キリストの十字架を暗示していて、その通りにイエスは人間のねたみや憤りなど、様々な醜い感情、呪いをその身に負って十字架に掲げられたのです。それを見上げるだけで、すべての人が救われるために。


 


いのちとなって、この世の暗闇を照らすために来たイエスの存在の効力は、今も働いています。私たちの毎日の生活の中に。普通通りの毎日の生活の中に、ただイエス・キリストの存在を心に思い、できればある時は口に出してその名前で祈ってみてください。祈りは、本当に不思議なことを引き起こします。私たちの心の中にも変化が生まれ、今まで見えてこなかった、目に見えない大切なものが見えてきます。何気ない言葉であったり、暮らしぶりであっても、たくさんの宝物が隠されていることに気づき始めます。そうすると、本当のサービスが提供できるようになってくるのです。見返りを求めない、相手も知らないニーズに、あなたが出会うことが出来るようなって、不思議なコミュニケーション、交流が生まれてきます。


 


2012年が終わろうとするこの時、あなたのいるところに、不思議な光が灯りますように。12月24日にはこの教会でもキャンドルサービスの時を持ちます。よければ一緒に、その意味を味わいながらひと時を過ごしてみませんか。


 


 


            


 


 


 


 


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